7/1/19

光りかがやく運命の輪



東京はすっかり梅雨。今年は比較的涼しく、気持ちよく過ごしております。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

3月頃からすごーい変化の波で、波打ち際でゴロゴロ芋のように洗われているあづさです。。
自分の中を洗い出して浄化しての毎日です。つ…つらい…。
しかし「耐えよ」との仰せなのでもう少しがんばります(T^T)

そんな今日この頃ですが
以前NETFLIXで観たSHEF’S TABLEという番組の、非常に印象に残った回のお話をしたいと思います。




SHEF’S TABLE』は世界のベストレストラン100に選ばれたレストランのオーナーシェフの人生を辿るドキュメンタリー番組です。
レストランやシェフのドキュメンタリーというと、厨房の様子や食べ物への愛情にフォーカスしますが、この番組がフォーカスするのはシェフの人間性。番組制作自体のクオリティが高く、目線もニュートラルで素晴らしい番組です。
その中で今回お話するのは、ロンドンで行列が出来る超人気インド料理レストランを営むアスマ・カーンさんのお話です。

アスマはインドで次女として裕福な家庭に生まれます。
カースト制度の残るインドですから、裕福な家庭に生まれたという点では恵まれていましたが、次女であるという点では恵まれていませんでした。

インドは男性優位の社会で、男の子が生まれるとお祝いの花火が上がりますが、女の子が生まれても祝われません。
女の子は早くに嫁に出され、結婚に於いては結納金をお嫁さんの家が非常に多く出すため、2番目の女の子の誕生はその家にとっての悲劇だとか。

アスマが生まれた時、お母さんは涙に暮れ、誰も喜ばず、彼女は幼少期に他人から「それ」と指をさして囁かれたそうです。
アスマはこう感じて育ちます。「自分の存在は、誰にも喜ばれていない。」と。

自分の存在はお母さんを哀しませてしまったから、いつかお母さんが誇れるような人間になってあげるんだ、とアスマは意を決します。
やがて成長し、誰からも尊敬される職業を目指しロンドンで法律の学位を取り、優秀なインド人の男性と結婚しロンドンで暮らします。
アスマはやっと、誰からも後ろ指をさされない生活を手にしたのです。

しかしロンドンでの生活は、段々と憂鬱なものになっていきます。
移民であるアスマには友達もおらず、何処へ行ってもよそ者であるということが彼女を苦しめていきました。
やがて鬱のようになって心を閉ざしたアスマは、ある家の窓から流れてきた故郷の郷土料理の香りに思わず涙がこみあげ、完全なホームシックになっていることに気付きます。

アスマは一旦実家へ帰り、辛い胸の内を明かすと
母親や親戚の女性達がこぞって郷土料理を教えてくれるようになりました。
彼女は料理にのめり込み、ロンドンの家族にもインド料理を振る舞うようになり、家族を喜ばせました。

こうして、アスマの人生に喜びが戻ってきました。

あるときアスマは、ロンドンで暮らす、自分と同じ南アジアの女性達に目を向け始めます。
彼女達は皆、家政婦のような仕事をしながら、目立たないようひっそりとロンドンで暮らしていました。
アスマは彼女達に自分を重ね、市場などで話しかけてみることにしました。

やがて幾人かに故郷の美味しいチャイをご馳走するからとお茶に誘うようになり、すっかり姉妹のようになります。
そして彼女達に料理を振る舞ううちにアスマの料理は評判を呼び、自宅で他人に夕食を振る舞う “サパーズクラブ” というイベントを開くようになります。
それはやがてクチコミで評判が伝わり、あっという間に満員御礼の人気サパーズクラブとなりました。
忙しくなった彼女を友人達が手伝ってくれるようになり、彼女は孤独でも無くなり、生き甲斐を見つけます。人生で最高の日々でした。

しかしある時、自宅にいつも他人が大勢出入りする状況に悩んだ家族が、彼女の父親に状況を相談します。
アスマはインドにいる父親から「家族はお前の趣味を我慢している、いい加減にしなさい」と叱られます。
アスマは気付いていませんでしたが、夫も、2人の子供も、自宅で寛げないことに大きなストレスを感じていたのです。

アスマは愕然としました。
家族の中で存在が軽んじられてあれだけ苦しい思いをした自分が、なんと自分の夫と息子達に同じことをしていたのです。
彼女は深く後悔し、サパーズクラブを止めることにしました。

ですがアスマの料理の評判は留まるところを知りませんでした。
ある人から、夫のパブで週末だけポップアップレストランを開かないかと声がかかったのです。
こうしてアスマは友人達と一緒に初めて、「台所」ではなく「厨房」に立ちます。
てんやわんやの初めての厨房でしたが、料理の評判は着々と広がってゆきます。

ある時有名なコラムニストの女性が70歳のお祝いをしにアスマのレストランに来ることになりました。
結果、翌日の新聞に大絶賛の評価が載ります。そこからアスマのレストランは毎日大行列。
やがて持つことになった自分の店も、予約困難な人気店となりました。

ダージリンエクスプレスは、世界のベストレストラン100に選ばれます。
今となっては、アスマは母親の自慢の娘です。
ですがアスマのゴールはそこではありませんでした。

アスマはチャリティ活動を始めました。
Second daughters fund(次女達のための基金)」と銘打たれたその基金では
インドで生まれた2番目の娘達の誕生を祝う活動をしています。
お祝い金を出します。お祝いのケーキ代も出します。そしてもちろん!次女の誕生を祝って花火を上げるのです!
産まれたときから、自分の存在は世界に喜ばれている、と感じることができるように。

アスマは言います。

「自分が与えて貰えなかったと思うなら、自分が与える側になりなさい。
 自分が闇の中に居ると思ったら、自分が光になりなさい。
 この花火は、それを高らかに叫んでいるのです。」




エンディングが流れているときに、

「自分が得られなかったものを他人に与えると、運命の輪が閉じる」

というメッセージが同時に聞こえてきて
ハッとさせられました。

私が今回この記事を書いたのは、勿論感動したということもありますが
同時に、自分がお客様や読者に伝えて行きたいと思っているテーマがこの1話の中にすべて詰まっていると感じたからです。

「自分が得られなかったものを他人に与えると、運命の輪が閉じる」
このメッセージはとてもシンプルで本当に力強く響きました。

ずっと以前に得られなかったものがあるとしても、私たちはもう充分に、それを自分に与えてあげることができます。
そうして自分を満たすことができたら、次はそれを他の人にも分けてゆく。
すると一方通行だった運命の線の両端が繋がって、やがて完全な輪になる。
その輪は光り輝いて、より多くの人を照らすでしょう。

もしかしたら人生は、そこから本章が始まるのかもしれません。


今日もすばらしい1日になりますように。
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